南堤区の計画、取り組みの内容
 南堤区では平成30年度を目途に、防災用具を品揃えして防災倉庫を岩瀬公民館広場に設置する。収納品種30種類で主にヘルメット、発電機、チェンソー、救急セット、テント等を格納し保管・管理していく。
 台風・大雨・地震・火山噴火等の緊急時には、小林市危機管理課から防災メールがその都度区長宛に入り、区長は副区長・分区長・常会長・会員と連絡網を通じて指定された避難場所への連絡を行う。避難場所は三松地区体育館が充てられる。この避難所へ最も遠い所で約2km、南堤区内に所在するので、便利な場所といえる。
 また、この体育館は選挙の投票所にも指定されており、駐車場も広く住民にはよく周知されている。
南堤区の概要
 三松地区は小林市堤と水流迫の二地区で構成され、通称三松校区と呼ばれている。この三松校区は、北堤・西堤・水流迫そして南堤区の4区で構成されている。
 南堤区は小林市の南東部に位置し、下堤・木場・岩瀬の三地区がある。その面積は推計約4,800平方kmで田圃・畑等農場が多く畜産業、専業農家、兼業農家が多くサラリーマン世帯も増加している。
 国道268号線は野尻・宮崎方面へ、国道221号線は高原・都城方面への要衝で南堤区には2本の国道が南北に縦断し交通は極めて便利な地域である。この便利さもあって十数年来、住宅地として開発が進み転入者も多い。
 平成31年1月末時点での世帯数は745世帯、総人口1,710人(男性820人、女性890人とほぼ同数)が生活している。特に転入者の常会加入(自治会)が進まず、平成31年1月末で280世帯(組織率37.6%、隠居も計上されている)、762人(組織率44.6%)が常会会員として活動している。未加入会員は、顔が見えない・挨拶をしない・行事に参加しない・募金に協力しない等「ないない尽くし」で不安と不信が付きまとう。
役員をしたくない・出費がある・出方が多い等理由はなにかとあるものの道路や交通標識の使用、防犯灯使用、公民館利用、火災時等恩恵を受けることになる。三松校区は全員の常会加入を歓迎し、安心・安全で顔が見え、お互い助け合いながら楽しい社会生活ができるよう努力していきたいものです。



名所旧跡
南堤区には田の神さぁ、水神さぁ、馬頭観音の類が点在している。また、岩戸神社は岩瀬地区に在り、三松地区の郷社として古から現代まで延々と歴史を刻んでおり、2019年時点で1318年と想像が及ばないほどの長き歴史を誇っている。建立は大宝元年(西暦701年)、野尻町柿川内地区で現在岩瀬川河川公園がある付近に「岩戸権現」として創始した。その後、河川の氾濫で土砂災害に見舞われ流出したため、今度は岩瀬川の対岸で小林市側の現在岩瀬公民館がある場所に再び建設移転されたものの、野火火災により焼失し、現在岩戸神社がある下の道路付近に遷宮、移転された。しかし、度重なる再三の災害に見舞われ、雨の降る度土砂が流入し嘉永2年(西暦1625年)9月22現在の場所に鎮座されたと歴史書に記述されている。岩戸神社の今の建物は昭和3年から再建計画を立て、昭和9年2月29日本殿・拝殿が竣工し現在に至っている。
 古い歴史のある岩戸神社には、今から350年とも400年前からともいわれる、小林で唯一現存する「岩戸神楽」が舞い謡い継承されている。
五穀豊穣、稔りの秋に感謝をこめて33番が舞われ第2次世界大戦まで続き、大戦から後昭和36年までの15~6年中断し、37年に復活祭が行われている。
復活祭後現在は、天照大御神(アマテラスオオミカミ)の岩戸隠れに因んだ天戸開きを祭神手力男命(タジカラオノミコト)や天宇受売命(アマノウズメノミコト)が神楽面や白髪のかつらを冠し台詞を発しながら、古代色豊かにかつ煌びやかに舞う「岩戸開きの舞」、豪快かつ軽やかに舞う「剣の舞」そして珍しい薙刀(ナギナタ)を軽快、重厚に舞う「長刀の舞」の3節を岩戸神楽保存会の有志が舞っている。
 毎年7月30日の夏の大祭(六月灯)に岩戸神社の境内で披露されている。二間四方の注連縄が張られ榊や御幣等で飾り付けた神庭の中で神の来臨を願い、神々を自らが演じ神人和合の場としての伝統を暑い時期の練習に耐えながら岩地神楽の火を消さないよう伝承、舞い継がれている。

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南堤区 事務局

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